並木治予視の部屋へようこそ


「箱根風景」 並木治予視
 
父・治予視は平成14年に逝去しました。
このホームページでは、父の芸術を紹介するため、出来る限り多くの作品を展示するつもりです。
作品を好きになって展覧会(たぶろう美術協会展等)に見に来ていただけたら幸いです。

父の芸術のご紹介に代えて、遺作展にあたり佃先生に書いて頂きました文章を掲載させて頂きます。


此の道人在りてこそ 一並木治予視・遺作展に寄せて−


 佃  堅輔
(美術評論家・法政大学教授)

銀白にかがやく富士よ、此の道は 人在りてこそ 己在りとぞ 画家・並木治予視は、生前、このようにうたった。彼の画道、「此の道」において、さまざまな人との出逢いがあったが、その出逢いの運命的な不思議さが、彼のなかに無数の想い出として、よみがえってきたのである。そして、わたしもまた、彼との想い出に深く浸るのだ。
 もう30年も前のことだ。わたしは、あるギャラリーのグループ展で、初めて彼に出逢ったが、そのとき、会代表者としての彼のスピーチは、わたしにとって忘れがたいものとなった。彼は熱っぽく師・里見勝蔵を語り、画人たることの意味を、同席の人たちに激しく問いかけた。
 並木治予視は情熱の人だった。
この生来の情熱は、彼の灼熱する色彩によって表出され、その生涯を通じて決して衰えることがなかった。彼は常に「フォーブ」を語ってやまなかった。フォービスト里見の影響によるものだが、フォーブは並木の芸術的精神の中心部に執拗に居座り続けた。日本的風土と彼の個性は、わが国の洋画壇の諸問題と複雑にからみ合いながら、彼を生涯にわたって苦闘へと強いたと言ってよい。そして苦闘の只中で、彼はその生涯を閉じた。
 並木の芸術は、何を語ろうとするのだろうか。残された数多くの作品は彼のさまざまな肉声にはかならぬ。その純粋音のひびきに、私は、今ただひたすら耳を傾けるのだ。